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2005.03.31

たび日記 2005/3/26

たび日記 2005/3/26

どうやら胃腸炎は、ウイルスをダカールから持ち帰ったらしい。
ダカールに、同時に胃腸炎になってる人がいた。(笑)

防災世界子ども会議の子どもたちは、自然をみつめて、自然に触れあうために、山の中に入っている。自然の中に、木や竹、布などを使ってアトラクションを作っている。
仕切っている若者たちが非常に元気がよく、そのお蔭で子どもたちが見る間に引きつけられてゆく。
自分が子どもの頃のYMCA等の場には結構居た「リーダー」だが、最近でもこんな子、居るんだ。ちょっと嬉しい。

コミュニケーションはずっと英語。研究者でもつらい「第2言語コミュニケーション」を、今回来た子はまぁ得意な方なのだとしても、すごく闊達にこなしている。
こういう子たちが、特に私たちのような「ひぃひぃいいながらのコミュニケーション」を凌駕して、次代を切り開いていくんだろうなぁ、とか思う。

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2005.03.26

たび日記 2005/3/25

たび日記 2005/3/25

世界11カ国+日本の子どもたちを「災害/防災」という観点でつなげ、いろいろ勉強してもらうという子ども国際会議がスタート。
アフリカ・セネガルから来た2人も、げんきげんき。
#でもブラウスしか持ってきていないのか?それは寒いだろう…

が、24日夜から胃腸炎になり、結局ダウンして25日の仕事は半分以上欠席。
昼間はじーっと、寝ていました。24日帰国(それも時差8時間)→25〜29日土日も仕事、という日程そのものにかなりの無理がありましたね。

おかげでだいぶ休まり、夜からは行事に参画できました。

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たび日記 2005/3/24

たび日記 2005/3/24

東回りの移動なので、実質的にこの日は「消滅」したのと同じ。
東京に戻るが、夕方には大阪へ。夕食を食べたところで、疲れが出たのか
胃腸がヘンになる。

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2005.03.23

たび日記 2005/3/23

ミラノにて。

「寸法直し」をしていた上着を百貨店まで出向いてピックアップ。
その後列車に乗ってミラノ・マルペンサ空港へ。

VodafoneのHotspotがあったので、1時間だけ使う。
そこでメールを読み書きしたついでに、ためしにSkypeで電話を掛けてみた。
すごく快適。これは移動電話と同じである。使える。

が、パソコンの画面に向かってしゃべっているので、かなり異様である。
隣に座るセネガル人らしき男(エアーセネガルアンテルナシオナルのチケットを所持)が、不思議そうに覗いていた。

ということで、帰国→即関西に向かって次の出張。

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たび日記 2005/3/22

たび日記 2005/3/22

午前中は東京へ「リモコン」で仕事の電話をしたり、頭の中がすっかり日本モード。その一方で道を通る人や車はセネガル流儀でめちゃめちゃな通行をするので、頭の中はちょっとしたパニック。

午前中、国際理解教育の実践がキッカケで知り合ったダカール市内の女子中等学校の数学の先生の勤務校に、おじゃました。
礼儀も正しく、生徒はフランス語はきちんとハンドルでき、そこそこの質を感じる学校であったが、教室の建物だけは、私たちが「途上国の子どもたち」と称してテレビ番組で見たりするときの質素すぎる(もう少し踏み込んで言うと、粗末な)建物、それであった。

やっぱり、やっぱりそうなんだ…。

建物は全部平屋建て。教室の移動は全部校庭に出ることになる。
机は小さくてがたがた。子どもは身を寄せ合うようにして使う。
窓はちょうつがいが上だけ取れて斜めを向いているものもある。
あとは室内がどうしようもなくくらい。外からの明かりだけ。

で、コンピュータルームだけは、蛍光灯と冷房があった。
つい最近までの日本の公立学校の「常識」と同じく、「パソコンのために」冷房がある。室温が30度を超えるようでは、たしかにPCの寿命が心もとない。

見に行ったときは、生徒をパソコンの前に座らせて、MSWordで渡されたプリントに書かれた文章を入力する文書処理課題の実技テストをやっていた。ワードアートを使って見出しを使うなど、しっかりやってる。

が。

部屋にPCが10台かそこいらしかない。そうすると、教師の指示で生徒が教室の外で「順番待ち」をする。あるいは課題が終わった生徒が外で全員の終了を待つ。
日本だと今にも「出歩き」とかしそうな「超ほったらかし状態」であるが、真摯にも行儀よく教室の入り口の前で待っている。辛抱強く…という雰囲気もない。当然のように待っている。

そしてこの教室の入り口を見て驚いた。外部者向けだろうか、有料で自由利用ができる。15分○○○フラン、と書いてある。

そんなわけで22日深夜24:45の飛行機で出発。
出国手続きカウンターで、一般旅券の日本人は全員停められ奥の部屋に連行。
そこにいた職員が日本大使館の職員に電話を掛け、その方と話せ、という。
ひとしきり話したところで、無罪放免。


どうも、日本のパスポートを使って偽造パスポートをつくり、うろうろしている輩がいるらしい。おそらく人相の近い国のしわざ。日本大使館職員と話ができるかを確認して「日本人かチェック」をしたのであろう。いい迷惑である。が、そういう偽造パスポートの「型紙」を提供してしまう「日本人パスポート紛失者」の多いこともこの問題を広げているのだろう。自戒を込めて。

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たび日記 2005/3/21

たび日記 2005/3/21

アマチュア無線の免許申請を、昨年8月のダカール訪問の際にしていた。
アマチュア無線は国の免許制で行うものだが、国家間の信頼関係やその国の判断によって、「あの国で免許を持っているのであれば我が国でのアマチュア無線を楽しむのを許可します。」ということがある。

が。

事前に申請すれば、なので、OKがでる必要がある。これが、遅い。
「役所仕事」という言葉もあって、進捗が遅いことを指すことがあるが、国によっては、権益を使って人をもてあそんだり、ついでにお小遣い(わいろ)をとろうとしたりすることもしばしばある。許認可を伴う場合、実にこの辺が非常に微妙である。
こんどの場合は、説明があやふやであった。何の準備が必要で、費用がいくら掛かって…といった話を、「小出しに説明する」。
これが困る。こっちは滞在が1週間かそのくらいなのである。通信機設備の諸元を書き込んで提出する書類があって、提出しなくてはならないのに、そういう書式の存在には触れずに、単に「通信機設備の情報を用意せよ」とだけ言う。そこで国際郵便でコピーを送ると、それを受け取ったままで、なしのつぶてである。
費用が必要なときも、ことが1つ進むたびに次の説明をポロポロと、する。

今回申請を手伝ってくれた、現地アマチュア無線連盟の会長さん(電機・通信機器の輸入販売会社の社長)も、役所では先方に愛想よく話をして、私の困っている点を(特に言葉の面から)サポートしてくれるが、その場所以外では「あいつらは、受け取った書類にヒジをついて、ぼうっと座ってる」と、内情を吐露してくれたりする。これが趣味の行きであるアマチュア無線の話にとどまればまだしも、彼の場合は本業の電気通信事業の盛衰に直結するのだから、さぞかし大変なことではないかと思う。
先方の名誉のために言うが、今回は一応、賄賂っぽいお金の要求はなかった(と思う)。要求された費用は、Webに同じデータが載っている(と彼が主張する)費用一覧表に載っている金額と同じであった。「免許状発行手数料」に「18%の付加価値税が必要だ」と説明するにもかかわらずそのことが表には書かれていないことを除けば…。っていうか政府発行の書状の交付に付加価値税がかかるなんて、二重価税ではないのか?

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2005.03.21

たび日記 2005/3/20

たび日記 2005/3/20

朝、すこししてから日帰り旅に出る。
半島の突端にあるダカールからまず東に走り、その後海岸沿いを南東に走ること115km。JoalというところののFaghot島という地に行ってきた。
ダカールを始め大多数の国民がイスラムであるこの国で、この島だけはクリスチャンが多い。
そのせいか西欧からの観光客が数多く訪れていて、写真入りの名札を提げたガイドが、彼らを案内していた。
でもモスケ(モスク)も島の中にあり、両教徒が島の中で同居している。久しぶりに、生きたブタも見た。少しだけ、住民が裕福そうな雰囲気がする。

その島も由緒も面白い。沖の浅瀬に貝殻を積み上げているのだ。そこに橋が架けてある。一方、小舟を使った島周辺の遊覧もできる。

詳しくは調べたわけではないのだが、きっと昔はこんなさまだったのではなかろうか。

昔はこの橋そのものが無く、いわば『異教徒』が肩を寄せ合うようにして暮らしていた。対岸の街との移動手段は小舟だけ。
そのうちこの国は独立し、交通の発達で『バカンス客』という新しい人の流れができた。
「ここはイスラムの国かとばかり思っていたけど、そんな昔からカトリックの地があるんだ!」と伝え聞いたヨーロッパの人びとが訪れるようになり、街は潤いだすとともに、もっと来てもらおう、と橋を架けた。

島のもう少し沖には水辺のマングローブ林、大陸側は突端の小さな集落の背後にサバンナ。
日本人の「アフリカのステレオタイプ」には、あと野生動物が足りないけれど(苦笑)、結構いい雰囲気。やるじゃないか。

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たび日記 2005/3/19

たび日記 2005/3/19

外国人(非セネガル人)ご用達の、Sofitel Dakar のヘアサロンで、散髪。
意外と英語で通じた。クルーカットっぽいけど。

洗髪後に鏡のある席について、切り始めたかと思ったところで、

「コーヒーかティーはいかがですか?」

え、そうなの? そりゃラッキー!っていうか、日本人にとっては、珍しい体験。
すかさず

「Tea with Lemon」

というと、全然イメージと違うモノが登場。(こういうことばっかり…)


…はぁ?と思って飲んだら、緑茶にレモングラスを入れたものっぽい。
「フランス語だと Citronnelle っていうよ」とは、髪を切ってくれたLadyの言葉。


Twiningsとか書いてあったので調べてみた。
http://shopping.lycos.fr/7848fr128244.html

ついでにCitronnelleとやらを調べてみた。
http://www.geocities.co.jp/Foodpia/9788/herbe.html


今回のお茶は Citron (レモン) が入っている(と思われる)のだけど、それとは別に Citronnelle もあるのね(ややこしい…)。
ふむふむ、根本がレモン風の味のする籐の仲間…。

いや、だから私は Tea with Lemon と言ったんだって(笑)。
しかし、緑茶なんだねえ。面白い。結構すっきりした感じで、まんざら悪くない(レモンティーが飲みたかったのは事実だが…)。

あとから聞いたところ、いわゆる「レモンティー」をこの地で説明しようとすると、けっこう難しいらしい。気をつけないと。
#フランスもそうなのかな?


夜は、某フランス人夫妻とモロッコ料理屋でいわゆる「横メシ」。
どこに行っても相変わらずのボリュームに襲われ、敢えなくダウン。クスクスを大量に残してしまう。

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2005.03.20

超有名ホテルですら

超有名ホテルですら、独自のWebサイトがない。

だから電話を掛けて、「番号が変わりました…」とか言われても、フランス語だと分からない。困る。

Sofitel Teranga Dakar (+221) 889 22 00

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2005.03.19

たび日記 2005/3/18

たび日記 2005/3/18

午後が、すごかった。

午後0時20分ごろに車で市街に出ると、今までに見たこともないような大混雑。目的地まで、かき分けかき分け進む。他の曜日の昼休みとはまったく違う。こんなに多くはなかった。
お店によって買い物をしようとしても、駐車スペース(といっても店の前の歩道に乗り上げて停めるのだが)は満杯で大苦戦。なんとか所望の目的を達成する。

が。

午後2時頃に同じように車で出ると、さっきまでが嘘のような、昼間ではこれまでまったく見たこともない閑散ぶり。


実はこの現象、金曜午後のイスラムの礼拝によるもの。
もっとも敬虔な人だと1日5回メッカに向かって額ずくイスラムの礼拝。イスラム教はセネガルでもっとも人口比の高い宗教ではあるが、どの宗教にもその敬虔さの温度差はあるもので、この国の人はそこまでは頻繁ではない。
でも、この宗教上もっとも大事な金曜の3回目(真ん中)だけは、こうやってみんな、自宅に帰ったり、モスケ(モスク。現地ではフランス語気味にこう発音。)にゴザ(ひざまずくため)持参で向かったりして、めいめいなりに大切にしているらしい。
で、2時10分過ぎくらいになると、そのゴザを持った男性が三々五々モスケから帰って行くのが、車の窓越しに見えた。

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たび日記 2005/3/17

たび日記 2005/3/17

1日、いろいろな場所に車で出かけてみた。


スーパーに行ったら、会計のところに男性が居て、支払ったや否や荷物を持って玄関まで行く。
「しまった!」と思ったが遅い。

…といっても荷物を盗まれた訳ではない。「玄関までのポーター」である。玄関まで来たところで「チップ」を要求する。
別に人手が必要な量ではなかったが、持って行かれてしまったのが運の尽きである。拒否するならもっていく前にとがめないといけない。チップを出すことにする。
しかし、かなり細かい日銭稼ぎである。相当回数こなさないとダメだろう。


それにしてもダカールは、西アフリカ随一の大都市。しかもそのど真ん中では、いろいろな人が、いろいろな方法で、お金を得ようとしている。
こんな「ポーター」はまだ地味な方だ。ダカールの一番のド派手系は、移動しながら物売りをする男性たち、バナバナである。

新聞や雑誌とかなら、こう言っては何だが、多くの国に居る。
バナバナは、その売り物が、すごいのだ。

両手だけでなく首まで使って、20個ほどのビジネスバッグを提げて歩く人、
カーペットを広げて車に向けて見せる人、
ハンガーや洗濯用具など、軽く10種類以上の雑貨品を抱えている人、
ひさしの付いた帽子を、身長の倍くらいの高さまでうずたかく積み上げて歩く人、

実に、さまざまである。
その誰もが、天秤棒にカゴのような道具を特に使うでもなく、何かしら工夫して「持っている」。
そして、車に近づいてきたり、歩いているところを声を掛けてきたりしてくる。
しかし、商品を持って運べたとして、どうやって金銭の授受をするんだろう?と、要らぬ心配までしてしまう。そのくらい、すごい。

当然これ以外に、多くの露店もでているが、野菜・果物だけではなく、中にはポットを載せたカートでコーヒーを売る者など、実に様々である。
ただ、このような「仕事」として振る舞っている者はまだタチがよい。物乞いをする子どもや障害者・老人らの生活弱者が居るのも事実。

あとは、こういった路上の人びとを手引きする者や、中間搾取する者が、居るとか居ないとか。
この国や他国民が向き合わなければならない、厳しい現実の一つである。


電気通信の監理局にも行き、前回訪問時に滞ったアマチュア無線局の免許状申請の状況を確認してきた。どうやら所望の書類があと2種類あったらしい。じゃあちゃんと最初から言ってよ。
しかし、このときビビったのが「それで、従事者免許試験のことなのだが…」とのセリフ。
うっそ〜ん、フランス語なんて無理無理!、っていうか話が全然違うやん!って吠えて、「臨時免許でも、試験受けないといけないの?」というので、「あ、臨時免許だったっけ。ごめんごめん、じゃあ要らん。」って。ほんと、しっかりして。


あとは、ホテルのプールにも、1時間弱だけれども、行ってきた。
ずっとここまで頭脳派だったので、下手な泳ぎを200mほどやって体を動かしたら頭がクラクラ。


この日の夜は、「試しに行ってみよう」というままに誘われて現地の超高級レストランへ。
おおっ、やればできるじゃん!と高らかに謳いたくなるほどの絶品料理。
この日のコースメニューは、和のテイストを盛り込んだ「『先付け』風盛りつけ」のスターターから始まる4品。
かなりおしゃれな食事。レストラン単独店らしく、ダカール市内の高級ホテルでも難しいのでは?という、とても質の高いお料理をいただいた。「おいしゅうございました。((c)岸朝子)」

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2005.03.18

たび日記 2005/3/16

たび日記 2005/3/16

ダカールでのお仕事も始業。

朝・昼・夜は「運転手」とか。
それ以外は、自宅でPC使ってがりがり業務。

ここに来ると、健康管理に関することがらに、どうしても気遣いする。

外から帰ってきたら、ミネラルウォーターでうがいと、浄水機の水または水道水+石けんを使って手洗い。
特に、お店に入ったり、人と会ったりした後は大事。

ちょっとやり過ぎか?と思うくらいでは、ある。でもこれくらい凝っておくと、本当にお腹も壊さず、風邪も引かず、うまく過ごせる。


それと、ちょっと(日本に対して)考えさせられるのが、「カビ」のこと。

こっちの食べ物は、本当によくカビる。
オレンジを買うと、だいたい2日後には1個はカビが生える。
クロワッサンなど、パンもできるだけ早く食べるようにしている。

これは、その裏を返すと、いかに日本の食品が保存料コテコテであるかということ。
もう一度裏返すと、ヨーロッパやアフリカの食べ物、特にこのセネガルの地の食べ物は、いわば「自動的に『あんしん二重丸』である」ということ。

日本は高温多湿だからやむを得まい…などと言い訳が思いつくが、そんなことをいえばダカールの夏なんてもっとそうなわけで。
なんか、ちょっと、考えさせられる。

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2005.03.16

たび日記 2005/3/15

たび日記 2005/3/15

午前中に、「ロト6」のCMで常盤貴子が演歌を唄うシーンで有名な(ぉぃ)スカラ座の、開演前の様子を見学。歴史のある建物は、東銀座の歌舞伎座同様、趣と歴史のパワーを感じさせます。

その後、大聖堂・ドゥオモの拝観をしましたが、当たり前とはいえ驚かされたのが、聖堂右側に並ぶ「懺悔室」。今日は火曜日ということもあり、救済を求める人びとが長いすに列をなして待っていました。
長いすのそばには「SILENCE PLEASE」の表示。宗教的文脈を持たない人が「あれなになにー?」とか、騒いだり指さしたりしまうのかも、しれません。
中でもびっくりしたのは「英語・フランス語・スペイン語・ドイツ語」という表示が付いた部屋もあったこと。私たちの訪れた時間は電気が消えていましたが、「遍く救いの手をさしのべる」のは、生半可ではできないのでしょう。

大急ぎでホテルに戻り、チェックアウト後、ダカールへ。天気予報では最高気温30度。分かっていることとはいえ、ちょっとブルー。
暑い1週間が、待っています。

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たび日記 2005/3/14

たび日記 2005/3/14

美術館等が一斉に閉まる月曜は、一日かけてミラノ買いものツアー。
ただ、買い物をするにも、小規模の店舗を初めとして、多くのお店も月曜は午後から開店、とかだったりするのにびっくり。
おかげで行ってみたいと思っても入れないお店がいくつかありました。

イタリアは良い服や靴・革製品があって非常に魅力的なだけではなく、私に似た、小さくて細い体格の人もそこそこ居るので、「探そうかな」という気にもなるというものです。
今回はスーツ+追加スラックス+コートを、ゲットしました。

この買い物をしたのはイタリア随一の百貨店で、ミラノの一番の大聖堂・ドゥオモのすぐ西に位置するお店。
この百貨店のいわゆる「デパオク」のテラスから大聖堂が目の前に見渡せるので、こりゃあ良い、と思わずそこでランチをしてしまいました。

夕食は南イタリア料理、と名乗る店に行ったのですが、店の玄関に居たロブスターがすごく気になったので、パスタにしてもらいました。
これが美味しかった。
また、ムール貝・あさり・小エビ・フレッシュトマトなどがトッピングされたピザも絶品。

非常に満足。15日の移動後の仕事の活力にもなろうというものです。

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2005.03.14

たび日記 2005/3/13

たび日記 2005/3/13

ミラノにて、芸術に触れる一日。
8日のトランジットは乗り換えだったので、実質初めてのミラノ。

昼前から店の前に並んで、
昼12時と同時にオペラの常設劇場・スカラ座のチケットカウンターで
「当日券、ありませんか?」
と問い合わせるも、無情にも売り切れ。

スカラ座大修理の最中から使われるようになった別の劇場でのバレエであれば残席があると言われ、まぁ見てみるか…と何気ない気持ちで行ったのですが、これがもの凄くて。

というのも、まるでここはニューヨークか?と思うほどの前衛ぶりだったのです。
ガイドブックによると、この作品は1997年に初めてかかり、その後広く人気を博しているとのこと。
極めて抽象性の高い演出で、見ているとちょっとしんどくなる内容。どおりで日本人が少ないわけだ。;)

ところが、もっとびっくりさせられたのが、そのバレエの観客。
日本でいうとさしずめ「老人会」みたいな団体のバスをはじめ、こんなこってこての現代芸術を観に来た高齢者の多いこと多いこと。
多くの場面で練習着とみまごうほどのシンプルな出で立ちで、作品のあらすじも、肉体美を前面に押し出しながらの、バレエというより「舞踊」。
それをこれだけの「おばーちゃん」が日曜の昼間に観に来るなんて…と、いたく驚くばかりでした。

さしずめ、勘三郎さん(前の勘九郎さん)が新国立劇場あたりで歌舞伎とは離れたド派手な舞台を打ったところで「おばーちゃん」が大挙観に来た、って感じかと。
しかし日本だとそれを「歌舞伎座」で打たずに、外にするんだよね。そこが違う。
なんでふところの深い芸術への理解のあり方なんだろう。

観劇後は絵画を観に。イタリアを中心に、14-18世紀末あたりまでの絵画がかかっていた美術館だったのですが、「こちらが聖〇〇です」と紹介するだけのものだった宗教画が、ルネッサンス以降どんどん「脚色」されてゆく様子というか、その宗教画の系譜を追うような感じでした。
いっぱい一気に観たので、ちょっともったいなかったな。

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たび日記 2005/3/12

たび日記 2005/3/12

朝からシチリア島パレルモの歴史探訪。

民族学博物館に行くと、エジプトから持ち帰ったとおぼしき石の彫刻の数々。
どうやらその当時から「石切場」としてパレルモは活躍していたらしく、そのとき使われた石の「里帰り」らしい。
あとは、ギリシャ文明の影響を受けた、紀元前6〜4世紀の土器・青銅器などが数々並んでいました。

12世紀頃の石造りの建造物がそこかしこに残る街パレルモは、キリスト教だけではなくイスラム教の雰囲気もする街。大聖堂も、よぉく見るとイスラムの寺院っぽいテイストがあったりして、ちょっと変な気分。
タイルでできたモザイク画の床面なんかは、その当時の名残を感じます。

そんなわけでシチリアを離れ、夜にミラノ到着。宿に着いたらばたんきゅーで、行こうとしたレストランに行けず。

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2005.03.12

たび日記 2005/3/11

たび日記 2005/3/11

昼食のトラットリアが最高。

「海鮮スパゲティ」を言ったら、日本の(東日本の?)それによくみられる「塩味こってり」がなく、ほぼ白ワイン+バジル等だけの味付けで、ムール貝、あさり、えび、白身魚の素材をしっかり楽しめる素敵なパスタに仕上っていました。久しぶりに「うまいパスタ」を食べた気がします。

あとは「魚の網焼き・焼物 1kg31ユーロ」という、大変挑戦的な表記とともに、いかにも店のすぐ前の湾に朝あがったばかりですよーといわんばかりのお魚の数々が店内厨房の手前にズラズラと。タイ、スズキ、メカジキの切身、やりいか、ほたるいか、えびなどが並んでいて、客は「これ」と指差して注文するようなので、それではと鯛を焼いてもらいました。
出てきたタイは香味とレモンでいただくのですが、これがまた美味い。頭のあたりが特に良い。ただ、おわりの方になるとちょっと淡白になってきた(大きいので・・・)のが辛かった。こんどはイカ、特にパレルモに居る間ならホタルイカで挑戦だな、と誓うのでした。

このお店、なんと今回の仕事である国際会議を仕切る旅行業者の人たちが、私たちの食べている間にやって来たのです。ってことは地元旅行社公認うまい店?!ということで、余計はしゃぎながら食ってました。


ところで、国際会議は11日でおわり。きいていて「これは」と思ったところで質問をするもはぐらかされるなど、「お前、ちゃんと実証的にやってるのか?」とツッコミ入れたくなる発表もちらほら。でも、11日は「ヨーロッパのICT(情報通信技術)の教育利用の国際比較」という、中身もさることながら「本の構成」が大いに参考になる書籍をゲット。収穫もありました。

ということで、仕事1つ目おわり。

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2005.03.11

たび日記 2005/3/10

たび日記 2005/3/10

今日は会場が変わったのですが、こっちも歴史を感じさせる建物。
いいなあ、地震のない国は。

発表はつつがなく終了。ポスターセッションだったのでツッコミにびくびくしながらスタンバイしていましたが、無難に終えました。

ところで。
今日はバスで会場に向かおうとしたのですが、いきなり逆方向に向かいだしてびっくり! 
結局終点まで行って折り返しまして、1時間ロス。会場には間に合ったから良かったものの、かなりびっくりしました。
バスは、チケット1枚1ユーロで、120分乗り降り自由。

夜はbanquetで、着席形式のディナーが出てきました。
ここで隣に座ったイタリア人男性がすごい!
なぜか彼と、日本のアニメ話になったのです。

宮崎駿のハウルの動く城をこの前見た、という話から始まって、鳥山明が出たかと思うと、とつぜん「めぞん一刻」とか口走る始末!
アニメはDVDで友人から借りたりするとか。
大爆笑の夕食会でした。

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たび日記 2005/3/9

たび日記 2005/3/9

国際会議1日目。

会場の雰囲気がもの凄かった。
何がすごいかというと、なんと12世紀の建物 (@o@;)

この地域は、一応ヨーロッパだけど、イスラムの香りがする地域で、その時代の勢力が作ったらしい。
石造りの堅牢な城郭で、まさかここで国際会議とは!という雰囲気でした。

明日は発表、ちゃんと務まるでしょうか…。

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2005.03.09

たび日記 2005/3/8

3月8日~29日の間、旅に出ています。

---

3月8日

例によって今日も自宅出発が遅刻。
荷物も多かったので、初めて成田までタクシー。
17000円(高速代込み)で値切って乗車。
でも、レンタカーで成田乗り捨てすればだいたい値段はおなじなので、ガソリン代もコミコミだと思えば、まあいいところで。

12:08~13:08で、ジャスト1時間。最高速度140km。
ありがとう。

途中神戸からお電話があり、25~28日のお打ち合わせ。
25~28日は、子どもたちと帯同するのがお仕事、ということで。25日は朝7時の朝食に集合。
それより前(24日夕方とか)に行ってお話を聞いておくとよいかも。
期間中は昼間の取材だけではなく、ユネスコなどが「しあわせの村」帰着後の夕方・夜にもイベントをばきばき入れているらしくて、そのへんを考慮してわたしは「毎日夜まで拘束」ということらしい。(体力大丈夫かな…)

男性は泊まる部屋に余裕がありそう?ほんとかなあ。
家まで近いから、というより、帰って親の顔をちゃんと見たほうがいいかなあと。

昼食が最高に美味しかった。特にサラダの中のサーモンの肉厚なこと。びっくり。
量も多くて、満足満足。

夕食もチーズが美味しかった。

でも、着陸時の気圧変化が、いつもより雑というか、すごくきつかった。このへんがイタリアーノ。

ミラノ・マルペンサ空港内にVodafoneのWifi Hotspotを発見。ということで、初書き込み。

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2005.03.06

NRT=MXP=PMO=MXP=DKR=MXP=NRT…HND=ITM=HND

8日から仕事3連発で、旅に出ます。

NRT=MXP=PMO=MXP=DKR=MXP=NRT…HND=ITM=HND

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2005.03.05

検索会議

検索会議、行ってきました。

出たのは第3部エンジニア編、でしたが、ちょっと歯ごたえ不足だったなあ。
でも、知らないこともちょくちょく出てきまして、参考になりました。

時間中に「全員でアイディアを出そう」というセッションがありました。そちらでは、検索結果の多変量解析を用いた可視化が浮かびまして書いたのですが、そしたら、こちらの方とかなりネタが被りまして、そしてこの方が賞をお取りになっていました。
#自分の周りに座っていた学生さんから「おおっ、エテキチさんだよ」
#とかいって声が上がっていたので、かなりの
#有名人オン・ザ・ネットさんかと。


いやあ、やはり「伝わるプレゼンテーション」は、重要です。

同じ時間でちゃんと伝わる紙を書いていたのは、すごい。
ビジネス視点で話を聞いている人には、ちゃんとビジネス視点で話す。
相手の視座を見据えてのプレゼンテーションは、プレゼンテーションの基本中の基本ですね。

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デザイン変えてみました

どんなもんでしょか。

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